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金沢地方裁判所 昭和22年(ワ)154号 判決 1948年11月18日

原告

楠丈太郞

被告

石川縣農地委員會

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

請求の趣旨

訴外七尾市西湊地區農地委員會が、昭和二十二年九月四日別紙目録記載の農地について爲した買收決定及び被告が昭和二十二年十月二十日右買收計畫に對する原告の不服の訴願について爲した訴願却下の裁決は之を取消す。訴訟費用は原告の負擔とする。

事實

原告代理人は、請求の原因として訴外七尾市西湊地區農地委員會は、昭和二十二年九月四日別紙目録記載合計八筆の田を、自作農創設特別措置法第三條第一項第一號に所謂「農地の所有者が其の住所のある市町村の區域外に於て所有する小作地」すなわち不在地主の小作地であるとして之を買收する旨の決定をした。然しながら原告は後述のやうな理由で該買收計畫に不服だつたので、同年九月十三日同法第七條に基き右農地委員會に對し異議の申立をしたところ、同委員會は同月十九日決定を以て之を却下したので、原告は更に同月三十日被告に對し訴願の申立をしたところ、被告は同年十月二十日右訴願を却下する旨の裁決をした。けれども前記七尾市西湊地區農地委員會の買收決定及び被告の裁決は、いずれも違法の行政處分であつて取消されるべきものである。すなわち訴外七尾市西湊地區農地委員會は、本件農地の所有者を訴外〓太四郞、小作人を訴外大林輔一であるとして、前記の買收決定をしたのであるが、右農地は訴外〓太四郞の所有ではなぐ原告の所有であり、又右農地は小作地ではなく原告の自作地である。尤も之等合計八筆の田は、登記簿上訴外〓太四郞の所有名義に登載せられて居るが、それは昭和八年頃、原告の實父で當時本件農地の所有者であつた訴外楠末松が、低利の自作農創設維持資金を政府から借受け、これに依つて經濟的苦境を打開しようと圖り、親戚關係のある訴外〓太四郞と通謀し、該農地を同人に賣渡したものの如くに假裝し、右〓太四郞に對し賣買に因る所有權移轉登記手續を爲し、同人名義で政府から資金を借受け、該金員を自己の用途に費消したことに因るのである。勿論右の賣買契約及び所有權移轉登記手續は、相手方と通じて爲した虚僞の意思表示であつて、法律上無効の行爲であり、本件農地の所有權は、登記簿上の所有名義者の如何に拘らず依然として右末松に屬して居たのであつて、其の後昭和二十一年中原告が同人から之を讓受け、其の所有權を取得するに至つたものである。又訴外楠末松は豫て訴外大林輔一に對し本件農地を貸與し耕作させて居たのであるが、昭和二十年十二月中兩者の合意を以て右の賃貸借契約を解除し、昭和二十一年四月十五日前記の合意解除について七尾市農地委員會の承認を得たので、それ以來本件農地は所有者である原告の自作地となつたものである。然るに訴外大林輔一は敍上の合意解約を無視し、原告の承諾を得ないで擅に之を耕作して居るのであるが、同人は本件農地の不法占有者であつて、適法な權限に基いて耕作して居る小作人ではない。從つて本件農地は現實の耕作者の如何によらず原告の自作地たるを失わないものである。左樣な次第で別紙目録掲記の土地は、原告の所有し且自作する農地であるにも拘らず、誤つた事實認定に基き、之を不在地主の小作地であるとして買收する旨定めた敍上訴外七尾市西湊地區農地委員會の決定は違法であり、之を支持して原告の訴願を却下した被告の裁決は違法であつていずれも取消されるべきものである。と陳述し、被告の主張に對し、訴外〓太四郞の住所が、七尾市西湊地區農地委員會の區域外にあること、昭和二十年十一月二十三日現在、本件農地を耕作して居た者は訴外大林輔一であること、當時同人は適法な賃借權に基き之を耕作して居たものであること、七尾市農地委員會の區域が被告主張日時其の主張通り六地區に分たれ、其の一區に七尾市西湊地區農地委員會が新に成立し、之と同時に七尾市農地委員會が解散したこと、原告の住所が七尾市西湊地區農地委員會の區域外にあることは孰れも之を認めるが、其の餘を否認する。民法は私人間の取引にのみ適用せらるべきであつて、公法上の強制力を行使し農地の買收を圖る行政廳と私人との關係に適用せらるべきではない。從つて訴外七尾市西湊地區農地委員會及び被告のやうな行政廳は、民法第九十四條第二項に所謂第三者に該當しないから、訴外楠末松と訴外〓太四郞間の假裝賣買行爲は、前記地區農地委員會及び被告の善意、惡意を問わず絶對に無効であり、原告は、訴外楠末松が敍上所有權移轉登記手續の前後を通じて本件農地の所有者であつたこと及び同人から之を讓受けた原告が該農地の所有者たることを以て被告に對抗し得るのである。假に民法第九十四條の適用があるとしても、七尾市農地委員會は昭和二十二年四月十五日本件農地について原告を所有者とし、訴外大林輔一を小作人として其の間の紛議を調停し、賃貸借契約の合意解除を承認して居るのであるから、七尾市農地委員會は、前記の賣買契約が虚僞の意思表示であつて、原告が本件農地の所有者であることを知つて居たものであり、同委員會の法律上の地位を繼承した訴外七尾市西湊地區農地委員會及び其の監督行政廳である被告は同條第二項にいわゆる善意の第三者ではない。又假に本件買收計畫に對する事實認定の基準たるべき日として定められた日が被告の主張する通りであるとしても、原告の住所地及び本件農地の所在地は、いずれも七尾市内である。從つて本件農地は自作農創設特別措置法第三條第一項第一號に定める「所有者が住所を有する區域外に於て所有する」土地ではない。と陳述し、立證として甲第一號證同第二號證の一、二同第三、四號證を各提出し證人上谷内健次、同楠ふみ、同楠末松原告本人の各訊問を求め、乙第一號證の一、二同第四、五號證同第七號證の一乃至八同第八號證乃至第十號證の各成立を認め、同第二、第三號證を不知と述べ同第六號證の一乃至三の成立を否認した。

被告代理人は主文同旨の判決を求め答辯として原告主張事實中訴外七尾市西湊地區農地委員會が原告主張の日其の主張する農地について主張通りの買收決定を爲し、之に對し原告主張通りの異議申立、却下決定、不服の訴願、訴願却下の裁決がそれぞれ爲されたこと、右農地は訴外楠末松が昭和八年中訴外〓太四郞に之を賣却するに至る迄、之を所有して居たものであること、右賣買について原告主張通りの所有權移轉登記手續が行われたことは、いずれも之を認めるが、其の餘を否認する。訴外七尾市西湊地區農地委員會は、自作農創設特別措置法施行令附則第四十三條(昭和二十三年二月十二日政令第三十六號に依る改正前)の規定に依り、昭和二十年十一月二十三日現在の事實に基いて本件農地の買收計畫を定めたものであるが、同日現在に於ける右農地の所有者は、訴外〓太四郞であつて、原告ではなくしかも同人の住所は七尾市石崎であるから、七尾市西湊地區農地委員會の區域外である。しかのみならず前記基準日現在、本件農地は、訴外大林輔一が賃借權に基いて適法に之を耕作して居たのであつて、原告が之を耕作して居たものではない。して見れば該農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一號に該當するとして、之を買收する旨定めた七尾市西湊地區農地委員會の決定及び之を維持した被告の裁決は正當であり違法ではない。假に原告の主張する樣に、原告の前主楠末松が訴外〓太四郞と通謀して賣買を假裝し、虚僞の所有權移轉登記手續をしたものとしても、斯樣な虚僞の意思表示は民法第九十四條第二項の規定により、其の無効であることを以て、善意の第三者に對抗することが出來ないから、從つて原告は右賣買契約並びに所有權移轉登記手續の無効を以て善意の第三者である七尾市西湊地區農地委員會及び被告に對抗することが出來ないのである。尚七尾市農地委員會は、本件農地が原告の所有であることを承認したことがない許りでなく、訴外七尾市西湊地區農地委員會は、七尾市農地委員會と其の組織及び權限行使の範圍を異にする別個の行政廳であつて、七尾市農地委員會の承認如何は七尾市西湊地區農地委員會の善意、惡意を認定する資料にはならない。すなわち七尾市農地委員會の區域は昭和二十一年十一月二十二日石川縣告示第四〇九號に依り西湊、石崎其の他合計六地區に分たれ、同年十二月二十日各地區毎に農地委員會委員の選擧が行われ、同月二十七日各地區毎に農地委員會會長が互選され、同日七尾市農地委員會が解散し、之と同時に七尾市西湊地區農地委員會が新に、七尾市西湊地區を其の區域として成立するに至つたものであつて、前述の如く同委員會は七尾市農地委員會と組織及び權限行使の範圍を異にする別個の行政廳であるから、假に七尾市農地委員會が民法第九十四條に所謂善意の第三者でなかつたとしても、七尾市西湊地區農地委員會は、訴外楠末松と〓太四郞間の虚僞の賣買契約に對する善意の第三者たるを失わないものである。假に原告が敍上の虚僞行爲の無効をもつて被告に對抗し得るとしても、原告の住所は訴外〓太四郞の住所と同じく七尾市石崎であつて本件農地の所在區域外であるから、本件農地が不在地主の小作地たることに變りがない。左樣な譯で七尾市西湊地區農地委員會が別紙目録記載の農地を買收する旨決定し、被告の裁決が之を支持したのは正當であり、違法でないから、原告の本訴に應ずることが出來ないと述べ、立證として乙第一號證の一、二同第二乃至第五號證同第六號證の一乃至三同第七號證の一乃至八同第八乃至第十號證を提出し、證人中田信太郞同田治北郞同上谷内健次の各訊問を求め甲第一號證同第二號證の一の各成立を認め其の餘の甲號各證を不知と述べた。

理由

訴外七尾市西湊地區農地委員會が、昭和二十二年九月四日別紙目録記載の農地を、自作農創設特別措置法第一條第一項第一號に所謂「農地の所有者か其の住所のある市町村の區域外において所有する小作地」に該當するとして、すなわち不在地主の小作地であるとして、之を買收する旨の決定をしたこと、此の決定は、該農地の所有者を訴外〓太四郞とし、賃借人を訴外大林輔一としたものであること、原告が同年九月十三日右委員會に對し異議の申立を爲し、同委員會が同月十九日申立却下の決定を爲し、原告が同月三十日被告に對し訴願の申立を爲し、被告が同年十二月二十日右訴願を却下する旨の裁決をしたことは、いずれも當事者間に爭がなく、前記買收計畫が昭和二十年十一月二十三日現在の事實に基いて、樹立決定されたものであることは、證人上谷内健次の證言に依り明白である。原告は、敍上農地は、原告の所有であると主張するので案ずるに、該農地がもと原告の實父である訴外楠末松の所有であつたこと、昭和八年中同人が訴外〓太四郞に對し、右農地について、賣買に因る所有權移轉登記手續をしたことは、當事者間に爭がなく、右の事實に、いずれも成立に爭のない甲第一號證同第二號證の一及び證人上谷内健次同楠末松同楠ふみの各證言を綜合すれば、訴外楠末松は昭和八年頃金策の必要上政府から低利の自作農創設維持資金を借受けようとしたが、もとより自作地を購入するのが目的でなく、借入金を他の用途に轉用するのが目的であつたので、親戚に當る訴外〓太四郞と相謀り、恰も末松から太四郞に本件不動産を賣渡したもののように裝い、賣買に依る所有權移轉登記手續を爲し、政府から〓太四郞名儀で資金を借受け、之を自已の用途に費消したものであること、從つて右農地の所有權は前記太四郞に移轉することなく、依然として訴外楠末松に屬して居たものであること、昭和二十一年中原告が該農地を右末松より讓受け、原告において之を所有するに至つたこと、すなわち訴外楠末松、〓太四郞間の別紙目録記載の農地に對する賣買契約は兩者の通謀に基く虚僞の意思表示であり、之に隨伴して爲された所有權移轉登記手續は眞實に符合しない無効のものであつて、從つて訴外楠末松はこれ等の所爲により本件農地に對する自已の所有權を失うことがなかつたものであり、同人から之を讓受けた原告は、これに依つて該農地の所有權を取得したものであることを肯認するに十分である。乙第六號證の三中右認定と牴觸する記載部分及び乙第二號證中前記認定に副わない記載部分は、いずれも俄かに措信し難く他に敍上の認定を覆するに足る資料の提出がない。ところで被告は、假令前記の賣買契約が虚僞の意思表示であつて法律と無効のものであるとしても、訴外七尾市西湊地區農地委員會及び被告は左樣な虚僞の意思表示に對する善意の第三者たる地位にあるものであるから、原告は其の無効をもつて被告に對抗することが出來ないと主張するので案ずるに前顯甲第一號證同第二號證の一及び證人上谷内健次同中田信太郞同楠末松の各證言を綜合すれば、昭和二十一年の春原告と訴外大林輔一との間に本件農地に關し紛爭が生じた際、七尾市農地委員會の委員の一部が之に介入して示談を勸告したことがあつたこと、同年四月十五日七尾市農地委員會が、原告を賃貸人訴外大林輔一を賃借人として、兩者間の賃貸借契約の合意解除を承認したことを認めることが出來るけれども、しかしながら又、七尾市農地委員會の區域が昭和二十一年十一月二十二日西湊、石崎等合計六地區に區分され、同年十二月二十二日各地區毎に地區農地委員會委員の選擧が行われ、同年十二月二十七日各地區農地委員會毎に、會長の互選が行われ、同日七尾市農地委員會が解散し、同時に其の西湊地區に七尾市西湊地區農地委員會が新に成立したものであること、また當事者間に爭がないのであつて、さうだとすれば訴外七尾市西湊地區農地委員會は七尾市農地委員會の解散と同時に、委員の選擧手續、組織及び權限行使の範圍を異にして新に成立した別個獨立の行政廳であることが明かであるから、前段認定の如く七尾市農地委員會が原告を本訴農地の賃貸人と認めたことがあつても、そのことは訴外七尾市西湊地區農地委員會及び被告の、敍上楠末松、〓太四郞間の虚僞行爲に對する其の善意惡意を判定する資料とするに足りないのであつて、この外に訴外七尾市西湊地區農地委員會及び被告が、本件農地に對する楠末松、〓太四郞間の賣買契約の虚僞であることを知つて居たことを確認するに足る證據がない。原告は民法は私人間の取引にのみ適用せられるべきものであつて行政廳に對し民法第九十四條第二項の適用がないと主張するけれども、獨り行政廳のみを民法第九十四條第二項の適用から除外すべき根據を見出すことが出來ないから、原告の右主張は採用しない。又原告は訴外七尾市西湊地區農地委員會は、七尾市農地委員會の承繼者であるから、七尾市農地委員會の惡意を承繼すると主張するけれども、既に説示した通り七尾市西湊地區農地委員會は、七尾市農地委員會と別個の行政廳であつて必ずしも私法上の地位乃至權利義務の承繼者ではないから原告の此の主張も亦採用することが出來ない。さうだとすれば原告は、訴外楠丈太郞と〓太四郞間の本件農地に對する所有權讓渡契約の無効であることをもつて、訴外七尾市西湊地區農地委員會及び被告に對抗することが出來ず、從つて本訴物件に對する自已の所有權をもつて被告に對抗することが出來ないと言わなければならない、果してそうだとすれば、訴外楠末松と〓太四郞間の本訴農地に對する所有權讓渡契約は有効であつで訴外〓太四郞は前記農地の所有者であると認められなければならないから、右〓太四郞を所有者であるとして右農地を買收する旨定めた訴外七尾市西湊地區農地委員會の買收決定は適法であり、之を支持して原告の訴願を却下した被告の裁決も亦適法であると言わなければならない。又原告は本訴農地は自作地であると主張するが、本件買收計畫樹立の日である昭和二十年十一月二十三日現在訴外大林輔一が適法な賃借權に基き、本訴農地を耕作して居たことは當事者間に爭がないのであるから、原告の右主張もまた其の理由がなく、本訴農地を小作地と認定して之を買收する旨定めた訴外七尾市西湊地區農地委員會の買收決定及び之を支持して原告の訴願を却下した被告の裁決は適法であると言わなければならない。そうだとすると訴外七尾市西湊地區農地委員會の本件農地に對する買收決定及び之に對する原告の不服の訴願を却下した被告の裁決は、いずれも適法であつて、原告の本訴請求は失當として之を棄却しなければならない。そこで訴訟費用の負擔について民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の如く判決する次第である。

(目録省略)

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